



玉くしげ 箱根のみ湖 けけれあれや
二国かけて 中にたゆたふ
源実朝『金槐和歌集』雑
雄大で、凛として美しい歌。
私は神奈川県育ちのため、この箱根を詠んだ歌にはとても親近感を感じます。
和歌好きのきっかけをくれたのは実朝公でしたが、やはり和歌の本拠地といえば京都。華やかな「歌枕(歌に詠まれる名所)」の多くは関西圏に集中していると感じ、うらやましく思ってました。
そんな中で出会えた「身近な場所の歌」が、この箱根の歌でした。
箱根の空気感
箱根といえば、学生の頃によく両親に連れて行ってもらった思い出があります。
天下の険と評される険しい山路を抜けた先にある、静かで神聖な芦ノ湖。冬にはすーっと身が引き締まるような冷気に包まれます。
最近になって知ったのですが、芦ノ湖はカルデラ湖なのだそうですね。箱根町を囲む山々は外輪山であり、そう考えると「自分は火山の火口に立っているんだ!」と、なんだかドキドキします。
また、箱根にはかつての関所があり、その歴史の影もひっそりと残っています。
親御さんに会うために関所破りをして処刑されてしまった女の子の伝承が残る「お玉ヶ池」や、荒涼とした景色からか昔「賽の河原」と呼ばれていた場所など、子供心にはどこか少し怖く、他にはない神聖で独特な空気を漂わせている場所だと感じていました。
鎌倉も夜になると雰囲気が中世っぽくなりますが、箱根の怖さはそれともまた違った感じがします。
実朝公にとっての「唯一の旅」
箱根の持つ独特な空気を、800年前の実朝公も旅路で味わったのだと思います。
将軍という重い立場ゆえ、普段は鎌倉を出ることが叶わなかった実朝公。そんな彼が唯一、鎌倉の外へと出かけることを許されたのが「二所詣(にしょもうで)」という行事でした。
鎌倉を出立し、箱根神社を詣で、現在は静岡県にある三島大社、伊豆山神社を巡る旅。父頼朝公が始めた、鎌倉殿の勤めとも言える恒例行事でありました。
のちに大きな船を造って宋(中国)へ渡ろうとしたほどですから、実朝公はきっと旅が大好きだったのではないでしょうか。将軍の勤めの旅であるとは言え、この歌の根底には、日々の重圧から解放されるような、旅ならではの高揚感が満ちているような気がします。
「箱」にかかる枕詞である「たまくしげ(玉櫛笥:櫛などの化粧道具を入れる美しい箱)」。 この美しい言葉が添えられることで、山奥に神社を抱き、静かに佇む芦ノ湖の存在がいっそう神々しく引き立つようです。
ゆらぐ心と、旅の解放感
相模国と駿河国、二つの国にまたがってゆったりと水をたたえる芦ノ湖を見つめ、



お前にも心(けけれ)があるのだろうか?
と問いかける実朝公。
この「心のゆらぎ」については、これまで様々な解釈がされてきました。
- 朝廷(京都)と幕府(鎌倉)の間で揺れる自分
- 北条義時と和田義盛の権力闘争の狭間に立つ自分
- あるいは、切ない恋心……?
真意は分かりませんし、読み手が自由に想像できることも、和歌の醍醐味です。
個人的には……この歌からはそうした重苦しさよりも、先ほど記したような、日常のストレスから解き放たれる旅の「心地よさ」や「解放感」を感じる気がします。
「けけれ」のふしぎな響き
この歌を読んだ時、まず気になるのが「けけれ」というふしぎな言葉ではないでしょうか?
これは東国の古い方言で「心」のことです。実朝公の他の歌では、心は基本的に「こころ」と詠まれており、「けけれ」という表現は出てきません。
なぜ、この歌でのみ「けけれ」が使われたのでしょうか?
かひがねを さやにも見しが けけれなく よこほりふせる さやの中山
故郷の甲斐が嶺をはっきり見たがっている旅人の願望を、小夜の中山が横たわって無情にさえぎっているのを嘆いている歌
『古今和歌集』東歌より(「実朝詠『たまくしげ箱根のみうみ』の検討」石川泰水氏より引用)
この古い東国の歌からの「本歌取り(古典を引用する技法)」だとする説が有力ですが、個人的には、本歌取りに加え、だいぶ感覚的な部分でこの言葉を選んだのではないか?と思っています。
大海の 磯もとどろに 寄する波
われてくだけて さけてちるかも
時により 過ぐれば民の 嘆きなり
八大龍王 雨やめたまへ
…などなど、実朝公の歌は、言葉の響きに注目し、音で遊んでいるような和歌も多いのです。
古今和歌集などでこの「けけれ」という言葉を見た時、実朝公はこう思ったのではないでしょうか?



この不思議な響き…いつか和歌で使いたい!
郷土への思い
当時の和歌の師・藤原定家先生の教えは、「現地へ行かずとも古典を学び、先人たちが培ってきたイメージを深めて詠む」という古典重視のスタイルが主流でした。
そのため、実朝公の「旅」の歌も基本は古典のイメージを元に、心の中で思い描いたものが多いです。
でも、実朝公が実際に箱根の地を自分の足で踏みしめた時……学んできたような美しい西の言葉ではなく、心にストックしていた東国の言葉である「けけれ」が浮かんできたのではないでしょうか。
この「けけれ」という言葉のチョイスには、実朝公の「郷土愛」も感じられるように思います。
単に「鎌倉幕府の将軍という立場だから」という話だけではなく、もっと人間の根っこにある、自分が生まれ育ってきた土地のあたらしい魅力に触れ、あらためて「ここが好きだ」と思えるような瞬間。
例えるなら、長旅の海外から日本に帰ってきて、温かいお味噌汁を飲んだときに「あぁ、帰ってきた……」とホッとするような、あの感覚に似ているのかもしれません。
遠い都の洗練された言葉ではなく、自分が生まれ育ち、いま足を立たせているこの東国の土地に、ぴったりと響き合う言葉を見つけられたことへの嬉しさ。
それから、この東国の地から、都に負けない新しい鎌倉の歌を詠み上げていくのだという、誇らしい想いもあったかもしれません。
10年ぶりの箱根
「この歌をまんがにしよう!」と決めてから、去年の年末に10年強ぶりに箱根を訪れてみました(日帰り弾丸ツアー)。
久しぶりに踏みしめた箱根の空気はどこか懐かしく、不思議な安心感と、ちょっぴり怖かった思い出を思い出させてくれました。
箱根や富士山の方って、噴煙がもくもくしている大涌谷があったり、不思議な形の山や、溶岩が固まったような地形、氷穴なんかがあったりして、人間の力の及ばない自然の力を感じやすい気がします。だからちょっと神秘的なんですね。
鎌倉からはじめて出た実朝公も、その鎌倉ともまた違う雄大な景色を見て、びっくりしたんじゃないでしょうか。
そしてそんな大自然にふさわしい、荒削りだけど神秘的な響きの「けけれ」という言葉を使おうと思いついたんじゃないかと感じました。
実朝公の二所詣中の歌には、こんな歌もあります。
箱根路を われ越えくれば 伊豆の海や
源実朝『金槐和歌集』羇旅
沖の小島に 波の寄る見ゆ
これも人気の歌ですね!
実朝公の旅の歌は、生き生きとしていて、旅先を好奇心いっぱいに満喫する実朝公の姿が想像できるようで、ほっこりします。
またいずれこちらの歌もまんがにできたらなぁと思っております








