常世の国のつばくらめ

自然の中の季節の変化を教えてくれる七十二候で、

4月5日頃は「玄鳥至(つばめきたる)」

4月10日頃は「鴻雁北(こうがんきたへかえる)」

あたたかくなったので渡り鳥の「つばめ」が南から渡ってきて、同じく渡り鳥の「雁(かり/がん)」は北へ帰っていく……そんな季節。

万葉集では、こんな歌も詠まれています。

つばめ来る 時になりぬと 雁がねは 

本郷(くに)思ひつつ 雲隠(がく)り 鳴く

大伴家持(『万葉集』4144)

つばめが来る時期になったなぁと、北の故郷を思い浮かべて雲に隠れて鳴く雁の歌。

春にはつばめが来て雁は去り、秋には雁が来てつばめが去る……というように、セットで考えられていたようです。

また、昔の人たちは海を越えてどこかからやってきて、時が経つとまた海の向こうへと飛んでいく渡り鳥を、こんなふうに捉えていました。

海のむこうの理想郷、あるいは亡くなった人が行く死後の世界である、常世の国(とこよのくに)からやってきて、そこへ帰っていく、と。

昔の人たちにとって、果てしなく見える大海原は、とても不思議でおそろしく、ときに恵みをもたらしてくれる神聖な場所。

私も海を見るのがとても好きですが、絶え間なく繰り返される波の音を聴きながら海の遠くを眺めていると、その彼方に異世界があるような気持ちになります。

魂はあの向こうからきて、あの向こうへ帰っていくのかもしれない、と。

滑るようなすばやい飛び方、空を切る二本の長いしっぽ、夜の闇のような羽の色……つばめさんはもともと、どことなく、この世ならぬ雰囲気をお持ちですね。

だから、たとえ彼らが海を渡る本当の理由を知っていても、信じたくなります。

旅立ってしまった人たちの魂は消えてしまうのではなく、どこか恐ろしい場所に行ってしまうのでもなく、海の向こうの理想の国へ行くのだと。

そしてよく知っている身近な可愛らしい鳥、つばめが自分のいるところとその国を行ったり来たりしていると。

そう思うことで、つながりを感じて、失った悲しみがすこしだけ癒える……そう考えると、渡り鳥、常世の国から来てる説はとてもやさしい考え方だなと思います。

空を飛び抜けていくつばめの背中に、旅立ってしまった人に伝えたい言葉や想いを託した……そんなことも、あったのかもしれません。

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