毎年6月上旬(第二週ごろ)、鎌倉の鶴岡八幡宮ではホタルを見ることができます。
鶴岡八幡宮で生育されたホタルを池に放生し、生命の尊さに感謝するというお祭りです。
八幡宮内の「柳原神池」という池にてホタルが解き放たれるのですが、その儀式自体は一般には公開されていません。
「放生祭」の翌日の夜から大体一週間ほど、一般人も池の周囲を飛び交うホタルを鑑賞することができます。
放生祭って?
もともとは仏教の行事で、生き物を自然に放つ「放生会」というのがあります。
殺生を戒める仏教の教えにより,魚鳥など生きものを放って肉食や殺生を戒める儀式。慈悲の実践を意味する。
百科事典マイペディアより
それをなんで神社である鶴岡八幡宮でやっているかというと、昔は神仏混合だったので「鶴岡八幡宮寺」と呼ばれ、八幡宮の中にお寺があったのでした。(実朝さんを暗殺した公暁も、鶴岡八幡宮寺のお坊さんでしたね。)
鎌倉幕府ができたころ、源頼朝さんはせっせと京都の文化を輸入するのですが(貴族の文化は箔がつくため)、鶴岡八幡宮の行事は京都の石清水八幡宮(こちらも幕末までは神仏習合)を参考にして行っていました。
石清水八幡宮では放生会がとても大事な行事だったので、それを鎌倉の鶴岡八幡宮にも持ってきたのが鎌倉の「放生」のはじまりですね。
鎌倉時代には鯉などを放していたそうなので、ホタルの放生が行われるようになったのがいつごろかはわかりません。でも、その頃の伝統が現代まで伝えられてきた一つの形が、「蛍放生祭」なのだと思います。
実際に見てみると……
20時過ぎごろ、ワクワクしながら鶴岡八幡宮に到着すると、すでに「柳原神池」に向かって待機列が!
結構長くてびっくりしましたが、ホタルを見られる橋の中を入場制限しているみたいで、進むときは20人分くらい(体感)進みました。待機時間は大体5分くらいだったかな。
そして池に近づくにつれて、灯りが消え暗闇になっていき、目が慣れてくるとちらほらと、すでに周りをホタルが飛んでいることに気がつきます。
「ホタルの光」は、淡い緑色
実際見てみると、ホタルの光は結構緑よりの色をしています。蛍光グリーンみたいな感じでしょうか。光は点滅していますが、チカチカというよりは、非常になめらかなグラデーションでONとOFFを繰り返しています。
ちらほら飛んでいる数匹のホタルにいざなわれるようにして、池の中にかかっている橋へと向かいます。池全体が木々に囲まれているので、別の空間に入っていく感じ。
一瞬にしてホタルワールドへ!
木々と池に囲まれた橋の上は、結構真っ暗です(歩くところにはうっすら誘導灯がついているので、危なくはないですよ)。暗闇をただようたくさんの緑の光に包まれて、一瞬にしてホタルの世界に迷い込んだ気分になります。
橋の右側には丸くぽっかりと広がった池。葉っぱのうしろで光る者、木から木へとふわふわ飛んでいく者、池にその身を映して飛ぶ者、池の上に張られたネットの上で休む者……光るリズムはお揃いでも、いろんな性格を持った光がただよっています。
橋の左側は暗くてよく見えないんですが、木々が集まってちょっとした森みたいになっています。暗がりの中にたくさんの光が集まって星空のよう。一定のリズムで光っては消え、光っては消え……その光の大合唱を見ているうちに、なんだか地球の息吹をこの目で見ているような気分になります。
混雑していると人の話し声は聞こえるものの、その他は池のせせらぎ、肌に感じる水辺の湿気、圧倒的なホタルの光……夜の自然の心地よさを、五感で味わうことができます。
ホタルは、人の魂
もの思へば 沢の蛍も 我が身より あくがれ出づる 魂かとぞ見る
和泉式部
とは、失恋で傷心中の和泉式部の一首。
頭の中でぐるぐる悩み事をしているときって、体から何か出ている気がしますものね。ましてや周りにホタルがゆらゆらただよっていたりしたら、「あれっ!?私の思い、具現化しちゃってる……!?」と思ってしまいますね。
古来、日本ではホタルの光は人の魂だと考えられてきましたが、実際に見てみるとそう思うのもよくわかります。
呼吸のリズムのやわらかい光、ふわふわとただようような飛び方、よく見るといろんな性格を持った飛び方。
ホタルの光を見ていると、だんだんこの世ならぬところにいるような気がして、とても不思議な気持ちになるんですね。だからあのホタルたちはこの世を飛んでいるようでいて、どこか別の世界を飛んでいるような気すらしてきます。
個人的には、場所が鶴岡八幡宮ですから、源氏諸将の霊魂や、池のすぐそばの白旗神社から頼朝さんや実朝さんの魂がホタルの中に混じって飛んできたりしていやしないかしらと思ってしまいました。(※頼朝さんと実朝さんは白旗神社の御祭神です。)
意外にも平安より前には人の魂=怖いと人々には映ったようで、古代の人々は蛍を邪悪な神の化身として見ていたようです。ホタルが風情ある美しいもの、という認識に変わったのは平安ごろからなのだそうです。
ちなみに実朝さんはホタルに関してこんなことを歌っています。
蛍火乱れ飛んで秋すでに近しといふことを
かきつばた 生ふる沢辺に 飛ぶ蛍 数こそまされ 秋や近けむ
源実朝
秋ですか!?
蛍は夏の風物詩だと思っていたので、意外です。
いや、俳句の歳時記でも夏の風物詩ですし、清少納言も夏は蛍がたくさん飛んでるのが良い〜って言ってるから、夏のイメージは合っているのでしょう。
かきつばたが咲いているから5、6月なのでしょうが、それが秋の始まりとなると、やっぱりちょっと今と昔での季節感のずれを感じますね。
この辺の古典の中での季節感覚がなかなかぴんとこなくて困っています。
というか推しメンの実朝さんと季節感覚がずれてるの寂しい……。
さいごに
何はともあれ、闇夜の中でホタルを鑑賞するのは、とても新鮮だし綺麗で癒されるのでおすすめです(今年はもう終わってしまいましたが……)。
そもそも、夜の鶴岡八幡宮自体がなにやら非日常。夜になると鎌倉って、中世っぽい空気が山から降りてくる感じがするんですよね。
そんな空間で人の魂のような蛍の光を見るのですから、とっても不思議な感覚になりますよ。なんだか現代に生きているのを忘れるような、鎌倉時代にだってタイムスリップしちゃえそうな。
さらにホタルの不思議パワーによって、お友達や恋人やご家族と一緒に見に行くと、より親密になれるかもしれませんよ。
とても美しい景色なのでカメラやスマホで撮りたくなるかもしれないんですが(まあ綺麗に撮るのかなり難しいけど)、人工の光を当てるとホタルの体内時計が狂ってしまい、その結果生態系が壊れてしまうことにもつながりますので、ぜひ心のカメラにおさめましょう!
コメント