がんばりすぎちゃう人必見!ゆるかわ「日本の素朴絵」展

暑い暑いと思ってましたが、夜はほんのすこし涼しくなりましたね。

秋の虫も鳴きはじめ、灼熱のむこう側からちょっとずつ秋が近づいてきている気がします(まだ残暑があるけど)。

しばらく、夏バテみたいな感じで体調を崩していました。

直接の原因というわけではないけれど、なんだか人生でも創作活動でも変に力んでしまうところがあって、それが体にあらわれたような気がしていました。

力みすぎて、うまくいかないことが多い私。

……と思っていたら、なにやらもってこいの展覧会がありましたぞ!

日本の素朴絵 三井記念美術館で9月1日まで開催中!

「ゆるキャラ」を生んだ、日本伝統の「ゆるアート」の歴史!

そもそも「素朴絵」って?

全力でがっつり描きこむ西洋の美術(リアリズム)と比べて、「肩の力が抜けたゆる〜い絵」っていうこと。

そもそも大昔の日本には「絵」という概念がなく(絵は描いてたけど)、仏教といっしょに中国からやってきたものでした。

この頃の中国の仏教美術はめちゃめちゃ写実的でスゴかったので、日本でもしっかりそれを吸収!

一方で神道においては、自然を大切にする姿勢からか、わりとのびのびとゆるいグッズを作っていたようです。

鎌倉時代末期になると、貴族のサポートを受けられなくなった神社やお寺が、一般ピーポーのみなさんを新しいターゲットに見さだめます。

それぞれの寺社が、神社やお寺の教えをわかりやすーい絵巻にして布教。

そんなわけなので、一流の職人ではなく、そんなに絵を勉強してない人が一生懸命絵巻を描いたりしました。

描いた人たちはおそらく大真面目だったのでしょうが、これによってなんだか独特の味わいのゆるゆる絵巻が増産されたのです。

庶民はそんな感じでしたが、武士のみなさんは権力を誇示しなければならないので、豪華で威圧的なものを作る傾向に(金閣寺などなど)。

そんな武士の権力争いが頂点に達する戦国時代は、武士も庶民もパワフル!ゴージャスゆるゆるの二つの文化が同時に発展しました。

江戸時代の中頃になると、教養のある人たちが「あえてゆるく描く」ということをしはじめます。

ヘタウマのはしりでしょうか?ここからプロ・アマ問わずヘタウマ系絵師が次々と生まれます。

そんなわけで、権力のもとがっつり描くまじめな芸術のかたわらで、ゆるい絵もゆるゆると生産されつづけ、愛されつづけてきたのですね。

まろ君
こりゃあ「ゆるキャラ」が流行るのも無理もないですなー!

そうそうたる「ゆるアーティスト」たち

「そうそうたる」とか言いつつ、ゆるいので重厚感とかは全然ない(笑)

はじめは意識せずに生み出されていた「ゆるアート」。

その魅力に気づいちゃったらもう止められない!

「あえてゆるく描く」をやりはじめたヘタウマ系のみなさんたちをちょっとだけご紹介!

「素朴絵」界の二大スター!

「ゆるアーティスト」のスター的存在。ゆるい絵で禅の教えをやさしく教えてくれる二人のお坊さん!

仙厓義梵(せんがいぎぼん)

ゆるふわ界の神(お坊さんだけど)。

生き様も自由奔放な、さらさら流れる小川のような人。

仙厓さんの絵は当時(江戸時代)から大人気で、「ちょちょっと絵かいてください」と紙を持ってくる人が殺到!

紙まみれの家を見て、「うちは便所かい」との一句を残している。

欲を言えば、名前があんまりゆるくない。

白隠(はくいん)

ゆるゆるな絵を描いたかと思えば、髭づらの渋いおじさん(達磨図)を描いたりする引き出しの多い人。

かなり熱心に仏道に励んでおり、仙厓さんよりちょっとだけまじめな気がする(※個人の印象です)。

ちなみに上の絵のタイトルは「すたすた坊主」。ネーミングセンスもゆるかわ!

仏像界にもゆるゆるの波が!?

円空(えんくう)

みんなが気軽に拝める仏像を、と荒削りでちょっとゆるいほほえみ仏を全国各地でたくさん作る。

ほとんど木片の姿のまま、顔とちょっとした体のラインだけ彫ったような仏像も。

自然のままの形をしているからか、仏像なのに木の神様が住んでいそうな感じがしてしまいます。不思議。

木喰(もくじき)

ワイルドな円空に比べて、穏やかな印象のかわいらしい仏像をつくる人。

円空の仏像は素朴な笑顔だったけど、こちらはプロ感のある100点満点のスマイル

見ている方もつられて笑顔になってしまうような、我々もぜひとも参考にしたい最高の笑顔!

まろ君
「ゆるアーティスト」はまだまだいっぱい。三井記念美術館に会いに行こう!

ここまでくるとハイセンス「つきしま絵巻」

一番「やばい」と思った絵巻。室町時代のものです。

左手にあるのは山です。

この絵巻のストーリーはけっこう悲劇的なんですが、そんなアンニュイをみごとに吹き飛ばす、あまりにも奔放な筆さばき。

「船を漕ぐ人」がクラゲにしか見えない(笑)

伝統的な絵に慣れた目で見ると、とんでもない時空になっています。

「まじめにやってんのか!」と怒られるレベル。

でも、「それがどうした?」と言わんばかりの堂々としたオーラを、この絵巻は解き放っていました。

見慣れてくると、制限された色使いといい、独特な配置といい、なんだかハイセンスにすら見えてくるんですよね……。

まろ君
この絵巻が気になって気になって、夜も眠れない……笑

「ありのままでいいんだ」と思わせてくれる展示

こんな感じで、もう全体的にゆる〜いゆる〜い展示ばっかりなのです。

造形もゆるいんですけど、なにより、みんなゆるくてイイ顔してる!

だから、つられてこっちも表情がほころんでしまいます。

「つきしま絵巻」のような絵のプロではない人が描いた絵巻は、けして絵がうまいわけではないのだけれど、不思議な魅力をまとっています。

そこには「俺って絵がうまくなくてさ……」というような卑屈さもなければ、「みんな俺の絵見てくれよー!どや!」というような主張もありません。

ただ目の前の紙に無心で向かって、自分の出せるだけの力を出したのだろうな、と思わせます。

だからこそ、まじめに丁寧に描いていながら、どこかリラックスしている感じがするんですね。

その姿勢は堂々としていて、かっこいいとさえ思います。

SNSが発達して、承認欲求や自己顕示欲にまどわされてしまう現代では、この「無心」はなかなかにむずかしいものです。(意識するとさらにむずかしい!)

でも、私も「つきしま」のように、よけいな感情に流されず、力まず、自然体でいろんなことに向き合えたらもっと素敵だろうな、と思える展示でした。

「ゆるかわ」は世界を救う!?

「ゆるい」「かわいい」も、心がほっこり温かくなります。

それは赤ちゃんや、可愛い動物を見ているときのような気持ち。

「クラゲみたいな水夫」は、伝統的な絵画からすると欠点なのかもしれませんが、どんな欠点もゆるりと受け入れちゃう魔法の言葉が、「ゆるい」「かわいい」なんですね。

これはひょっとすると世界平和につながるかもしれない。

のびのびとした作品を見すぎたせいで、妙にビッグなことを考えてしまったのでした。

展覧会の日の夜、ゆるかわな観音様にみえる?おぼろ月が出ていた

※この記事を書くにあたって、「特別展 日本の素朴絵」の図録を参考にいたしました。

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